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OH!BONCHI!チーム

津山の盆地情報誌「OH!BONCHI!」や津山の魅力を発信するブログ。
人づくりまちづくり研修会の様子がアップされました!
 
1月18日に開催された、津山教育事務所主催の
「人づくり まちづくり 研修会」のホームページに
わたしたちの発表の様子が大きく掲載されました!

美作建国記念のお菓子とか本当にできたらいいな!

http://www.pref.okayama.jp/page/detail-73452.html
| 美作建国1300年 | 20:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
OH!BONCHI!3号完成!

ついに、3号が完成!

今日の午後1時30分から、津山市社会福祉会館で発表するよ!
みんな見に来てね。

ひとづくり・まちづくり研修会
主催:津山教育事務所 
場所:津山市総合福祉会館(津山市山北520 TEL0868−23−5130

発表:発見・発信〜津山で何しよ〜
 美作大学3年福祉のまちづくり演習 受講生&チームOH!BONCHI!

☆これから観光センターや、取材協力いただいたところ、カフェなんかに配ります!

 
| 美作建国1300年 | 11:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
美作国1300年の地図
 
1300年前の美作国は
どんな形をしていたのか
6郡を色分けしたマップを作ってみました。

美作国マップ

奈良文化財研究所からいただいたマップに、(1300年前の地図に今の線路が入っていてわかりやすくしたもの)と、現在の地図をレイヤーで重ね合わせて、色分けしてみたんでーす。

作成:歴史班
| 美作建国1300年 | 12:20 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
美作国建国1300年を訪ねて〜取材・見学その3

最後に基礎調査として訪ねたのは
中山神社です。 
(一宮として信仰された神社)

ただしこれは平安時代になりますが
美作国1300年にはとても重要なポイント。




中山神社の狛犬は個性的!





本殿は、総社宮と同じ造りになっています。



みんなおみくじに夢中になってしまいました(笑)


神社のすぐそばに、造り酒屋さんがありました。



一宮というお酒もあります。

今年の全国新鑑評会で「金賞」を受賞した
大吟醸も!
香りだけ味わいましたが、すっごくフルーティな香りでした。
絶対飲んでみたーい!


| 美作建国1300年 | 10:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
美作国建国1300年を訪ねて〜取材・見学その2


次は、いよいよ、美作国の国衙跡へ行ってみることにしました。

まずは美作国総社宮。

国司としての大事な仕事は、国の平安と作物の豊作を願って神々を祀り、国内の神社に参拝すること。
そのため、国内のすべての神社の神を祀り、国の繁栄を祈るお宮として「総社宮」が建設されたんだそうです。(副読本参照)




立派な建物に感動!

ちょうど、宮司さんもいらして、詳しいお話をお聞きできました。

総社宮の狛犬


次は、国府跡へ〜

美作国府跡は、国府台寺の中に石碑があるんです。

今は住宅地ですが、敷地は36万屬發△辰燭修Δ任后



津山瓦版
http://www.e-tsuyama.com/knowledge/history/kokufu/2.html

 
| 美作建国1300年 | 10:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
美作国建国1300年を訪ねて〜取材・見学その1
 
第3回目の授業では
町へ出て、見学・取材を行いました。

まずは、津山市郷土博物館
ここの2階が、美作国のコーナーです。

これまでの地道な研究や発掘作業のおかげ、さまざまなことがわかってきているんですね!



詳しいことが知りたい人は、津山市郷土博物館に行ってみましょう。
http://www.tsu-haku.jp/index.html


次に、行ったのは
美作国国分寺跡です。
国分寺跡見学

復元予想図が描かれています。
すでに用地を70%も取得されたそうです!

今はこんなかんじ。

当時の礎石が残っていました!


お寺の中にもあるそうです。

七重の塔は、たぶんこのあたりに建設されてたんじゃないかな。


復元できたらすごいのになー!
| 美作建国1300年 | 10:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
今年のテーマは美作国建国1300年です!

津山のまちおこし情報紙「OH!BONCHI!」

美作大学3年生の演習授業とチームOH!BONCHI!で作り上げます。

第3号となりますが、今年のテーマは 「美作国(みまさかのくに)建国1300年」です。

現在、取材・製作に取り組んでいます。
遅ればせながら、
4月からの取り組みを順次、報告いたしまーす。

4月:
美作国が建国された時代の背景を
まずはみっちりと勉強!

天武天皇の時代に律令国家づくりが行われ、それが完成した、
この時代は、
まさに、
「日本」という国が誕生した時だったんです!

今私たちが使っている名前「日本(にっぽん)」は
このときに生まれたんです!

法律や地方制度、税、など今の国の基礎があるのも、
700年以前の動きがあったからです。

やがて、
対外的に知らしめようと
史書をまとめた「日本書紀」を携えて
遣唐使船で渡った山上憶良と粟田真人さんたち。

山上憶良の、中国に「日本」という国を認めさせたぞ!と、意気揚々と弾む気持ちが伝わる歌が
万葉集に残されています。

一方、わかったことは、
藤原京の都は、古かった。。。。ということでした。
大極殿は北の端に置いており、南側は開けていないといけなかったんです。

これではいけない、ということで
平城京に遷都。

壮大なスケールでの国づくりが行われていきました。

全国に「国府」を置き、
国司を派遣。

その後、国分寺と国分尼寺を建てるように天皇の詔が出されます。

国づくりのために民衆が疲弊し、疫病や天変地異が続き、
やがて
聖武天皇は、仏の前には皆平等で
「この世の仏国土」をめざそう、と、大仏建立をめざします。

その時に大活躍したのが
大僧正 行基さん。
民衆救済事業を展開し、専門知識と最先端技術で雇用を生み出してきました。
まさに元祖ボランティアであり、ソーシャルアントレプレナーだったんですね。
(すみません、大雑把な感想です。)

さて、さて、かつての美作国(みまさかのくに)には、
今も、その壮大なスケールの時代の遺跡として
国府と、国司が国のために祈った「総社宮」、
国分寺などの跡が
はっきりと残されています。

これまで掘立柱の建物しかなかったところに
瓦ぶき、朱塗りの柱の立派な建造物ができ、
ミニ・平城京として、国府の廻りはお役人やそのお世話をする人たちが住む都市になっていったのでしょう。
国分寺は、200メートル四方もある広い敷地にめぐらせた塀や、大きな金堂や講堂、
そして、七重の塔が建設されていたんだそうです!
当時の人々は、どんなに驚いたことでしょうね。

全国的にも、きちんと発掘調査されて位置が確認されているところは
少ないそうで、
それだけでもロマンを駆り立てられますねー。

詳しい資料は
津山市郷土博物館に、発掘調査で出たものや

奈良の平城宮跡にある奈良文化財研究所資料館のご協力をいただいて
美作国に関係する木簡
を元にしていくことにしました。

また、美作国建国については、津山市教育委員会発行の副読本があり、
教育委員会のご協力を得て
その教科書を使わせていただきますm(__)m

最初の授業では、ざっと歴史背景を勉強し、
そのあとは、全員で
郷土博物館と国分寺
国府跡と総社宮
を見に行くことにしました。

さらに、グループに分かれて調べたり、記事を書いたりしていくことにしました。

参考文献としてお勧めの本です。

●平城京と木簡の世紀  渡辺晃宏 著 講談社文庫「日本の歴史04」

「日本の八世紀は、中国を範とした律令制を、日本の実態に適うように試行錯誤した、
日本型律令国家の建設期である。
この間の歴史は平坦ではなく、遷都が繰り返され、変や乱も相次いだ。
木簡や文献史料、発掘の成果等により、天武天皇が飛鳥に都を造営してから、
桓武天皇が平安京へと都を遷すまで、
平城京の時代を中心に、古代国家百年の歩みをたどる。」
| 美作建国1300年 | 09:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |